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看護師 を 志した 理由

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過去を振り返る

看護師 を 志した 理由について記載します。

看護師 を 志した きっかけは、幼少期の入院

幼少期、私は小児喘息を患っていた影響で入院を繰り返していました。母は専業主婦でしたが、妹と弟がいることもあり、日中ずっと病院にいる事は出来ませんでした。

しかし思い返してみても、入院生活が嫌だった、寂しかったという記憶はありません。

その要因としては、基本大部屋入院が多かったからではないかと思います。

友達も出来ましたし、その家族とも仲良くさせてもらいました。

(余談ですが、私の娘が入院した時の大部屋はみんなカーテンをしていたので、大部屋と言えども隣や前に何歳の子が入院しているかもわかりませんでした。私が入院していた時はカーテンは寝るときや処置の時しか使わなかったので、少し時代の流れを感じました。)

あと私が入院生活を嫌がらなかった要因として、看護師の存在は相当大きかったです。

常に点滴をしていた私の着替えを手伝ってくれたのも、夜中トイレに行くのが怖くてついてきてくれたのも、お風呂入れるのを手伝ってくれたのも、学校や家族の話を聞いてくれたのも、一緒に学校のプリントを問いてくれたのも全部看護師でした。

看護師 を 志した 、特に忘れられない思い出

当時私はセーラームーンを真剣に見ていました。毎週土曜の19時から6チャンです笑。

今と違い、大部屋にはテレビがなく、いわゆるプレイルームというおもちゃやテレビが置いている部屋でしか見る事が出来ませんでした。

しかもその部屋を使えるのは日中だけ。そのため、父がビデオ(笑)に録画してくれたセーラームーンを、遅れてプレイルームで見ていました。

ちょうど私が入院中に最終回となりました。

私はどうしてもリアルタイムで見たかったので、看護師にめちゃくちゃお願いしました。相当しつこかったと思います。

結果、看護師監視の元、プレイルームでリアルタイムセーラームーンを見ることが出来ました。本当に嬉しかったです。

当時の私にとってはとても大切な事でした。本当に本当に嬉しかったのを今でも鮮明に覚えています。

自然と行き着いた、看護師 を 志す という将来の夢

よく医療系の仕事をしている人の、親や親族には医療系の仕事をしている人が多いのですが、私の両親や親族に医療系の仕事をしている人はいません。

しかしこういう幼少期を過ごしていた私にとって、看護師になるというのはとても当たり前のことでした。

私もこういう人になって、私みたいな人のお手伝いをしよう。

幼稚園を卒園する時に描いた絵にも、小学校の文集にも将来の夢は看護師と書いていました。

ずっと看護師になりたいまま高校生になり、看護大学を受験しました。

父は「看護師なるならもう少し勉強して医者になれば?」と最初言っていました。

当時の私の感覚としては医者に病気を治してもらったという記憶はなく、看護師が治してくれたと思っていたので、私は看護師になりたいと伝えました。(もちろん医者も大切だと今では十分承知しています)

看護師 を 志した -誰かの記憶に残る仕事をしたい-

実際私が助産師になって病院で勤めていて思うのですが、私に関わってくれた看護師はみんな本当によく私の事をみてくれていた素晴らしい看護師でした。

患者(私)がこんなに満足しているのです、何十年経っても忘れられないくらい、皆さん私のためにいろんなことをしてくれました。

さっきのセーラームーンの話でも、19時って結構忙しい時間です。夕食の下膳と内服管理、就寝前にしなくてはいけない処置も多いです。

その忙しい時間に、貴重な30分私のセーラームーンを一緒に見てくれたなんて・・・

忙しい夜勤のスタッフが見てくれたかもしれないし、もしかしたら日勤のスタッフが残って見てくれたかもしれない、今働く立場になってわかります。本当によくして頂きました。

私は今自分が仕事をしていて、本当にお母さんや赤ちゃん、その家族のためになっているのかな、悩んだり、自分がしている事がその方にとって正しいかどうか自信がなかったり迷ったりする事もありますが、「あの時の助産師に助けられたね」「あんた産んだ時の助産師はこんな人だったのよ」と何年後にも語れるような助産師になれれば良いなと日々精進を心がけています。

今日の写真
仕事復帰前に購入したアップルウォッチ。だいぶ使い慣れてきました。

today’s exercise
朝ヨガ20分