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糖原病 という 診断 を聞いて感じたこと

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糖原病

末っ子が 糖原病 Ⅸ型という診断を聞いて、感じたことを書きます。
(診断に至るまでの経緯はこちら、長いです)

やっとわかった

最初の体調不良から約4ヶ月。ようやくわかりました。

4ヶ月「かもしれない」状態が続いたので、はっきりわかるといのは少しほっとする部分があります。

最初は一時的な感染や風邪ですぐに良くなると思っていたのが、検査を進める内にそういうのではなく生まれつきの病気でもう治らない、ずっと付き合っていかなくてはいけないという風にのは覚悟していたのですが、いざ診断名を聞いた時には、正直少し泣きそうになりました。

やっぱり自分の中ではまだどこかで「違うかも」というほぼゼロに近い可能性が心の中に残っていたんだとその時自分でも初めて気づきました。もう100%受け入れているつもりだったけどそうではない自分がいたというのは驚きでした。

辞めた仕事について

やっぱり私の中で、大好きな仕事を辞めたのは本当に正しかったのか、もう少し粘ればよかったんじゃないかと考える時が今でもあります。

でも今この診断が出て思うのは、仮に粘っていたとしても遅かれ早かれ辞めていたんだろうなということです。

以前のようにちょっと発熱しただけで入院というのも今後多々あるかもしれません。

(もちろん体力がついてくると減るかもしれませんが)

となると、いわゆる普通の働き方は当分出来ないかもしれないなと思いました。

描いていたキャリア

正直思い描いていたキャリアとは全然違います。

幼少期から目指していた看護師像、そして大学生から憧れていた助産師像とは大きく異なります。

私はもっと臨床(現場)で対患者さんでバリバリ働くことを想像していました。

仕事もめちゃくちゃ楽しかったので、つい最近までそのつもりでした。

同じ病院かどうかはわからないけど、どこかしらの医療施設で細く長く働き続ける自信がありました。

しかしそれが180度変りました。

でもそれはよく考えると、末っ子の病気のせいではありません。

夫と結婚した時点で私のキャリアは変わったのです。この辺はまた別記事に書きますが、言いたいのは決して今のこの現状を否定しているのではありません。

夫と結婚して子どもが3人いてよかったなと心底思っています。

(未だに夫はよく私なんかと結婚したなと毎日思います)

だからこそ、今後は今までのキャリア像にとらわれるのではなく、自分で新しい道を切り開いていかなくてはいけないなと思っています。

不安もあるが安心材料もある

型によっては予後が悪いので、極端な話末っ子は長生き出来るか、普通の学校や幼稚園に行けるのか、その辺りも全くわかりませんでしたが、予後は良い方です。

医師曰く継続してちゃんと見ていなくてはいけないが、そこまで悲観的なものではないとの事です。

同年代と比べると背が低かったり発育がゆっくりだったりという事はあるかもしれないが、しかし同年代同様の社会生活は送れる可能性が高いというのが医師の意見です。

その人の個性として背が低い人は大人でも子供でもいるし、発育がゆっくりめなお子様だっています。背が多少低かったり発育が少し遅いくらい全然良いです。

見た目ではわからない病気なので気を付けて見ていかなくてはいけない点もあるが、ほぼほぼ同年代と同じような生活が出来る、社会生活や集団行動も可能である可能性が高いというのは、一つの安心材料になりました。

今日の写真
お弁当箱の出し方が姉弟で全然違う。というか息子よ、せめて全部巾着の中に入れてくれ。